お知らせ

arrow_back一覧に戻る

AIだからこそ可能になる“心が通う医療”
街の診療所でも気軽に使えるAIを目指す

Media

以下は『日経ビジネス』2021年9月13日号(9月10日発売)に掲載したものです。

質の高い医療を維持しつつ、医療従事者の過度な負担を軽減する――。一見矛盾するこの難題の解決を図る「AIホスピタル」構想が、まもなく現実のものになろうとしている。目指しているのは、医療の本質を取り戻すことだ。AIの活用で医療の現場はどう変わるのか。その先にどんな未来が開けるのか。AIホスピタル構想を牽引するがんプレシジョン医療研究センター所長の中村 祐輔氏、社会実装の実現を支える日本医師会 副会長の今村 聡氏、IT技術を担うHAIP理事長の八田 泰秀氏に話を聞いた。

今村聡氏、中村祐輔氏、八田泰秀氏

医療現場の負担軽減と医療格差の解消を目指す

――社会環境の変化に伴い、医療の現場はどのような課題に直面しているのですか。

中村:患者さん一人ひとりの多様性を尊重し、先端的で質の高い医療を提供する。これは医師および医療機関が果たすべき重要な責務です。

しかし、医療の高度化・専門化に伴い、知識・技術の習得に多くの手間と時間を要するようになっています。2025年には団塊の世代が後期高齢者になり、医療供給体制の不確実性も増しています。

こうした中で医療現場に過度の負担がかかり、患者さんと向き合う時間を十分に取れないケースもある。これが一番の問題です。

中村祐輔氏

今村:地域間における医療格差も深刻です。少子高齢化や過疎化が進んだ地域では十分な医療を受けるのが難しいところもある。コロナ禍において、地域の医療機関がコロナ患者の治療やワクチン接種への対応に追われているために、この状況に拍車をかけています。

国民の生命や健康を守るためには、どのような状況でも外来や在宅医療を途切れることなく提供し続ける仕組みを作ることが大切です。

――こうした課題を解消すべく「AIホスピタル」構想を推進しています。この目的について教えてください。

中村:医療AIやIoTを開発・活用することによって、高度で先進的な医療サービスを全国均質に提供するとともに、診療を効率化し、医師や看護師の抜本的負担の軽減を目指しています。

日本の科学技術イノベーション推進のため、2014年度に内閣府が創設した「戦略的イノベーション創造プログラム」(以下、SIP)の第2期で採択された「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」プロジェクトの一環として、2018年から活動を始めています。

この取り組みの重要部分は日本医師会による「AIホスピタル推進センター」と、複数の企業が参加する「医療AIプラットフォーム技術研究組合」(通称:HAIP)の両輪で推進しています(図1)。具体的には日本医師会がユーザー側の要望や課題をまとめHAIPと共に医療AIの提供体制の整備を行っていきます。

AIホスピタルを支えるエコシステム

AIホスピタル推進センターが事業運営や臨床データ管理のガバナンスを、HAIPが医療AIの開発とプラットフォーム管理を担う。この連携による活動で、ビッグデータを活用した医療AIの研究開発を推進していく

診療判断やカルテの記録業務をAIがサポート

――AIホスピタル構想は、医療現場と患者さんにどんなメリットをもたらしますか。

中村:医師はパソコンのモニターを見ながら診療を行う。診療現場ではよくある光景だと思います。もっと自分に向き合ってほしいと考える患者さんも多いことでしょう。なぜこのようなことが起こるのか。原因の1つが、診療記録・看護記録の負担です。看護師の勤務時間の30%は記録に費やしていると報告されています。医療の高度化とともに、インフォームドコンセントをはじめとする患者さんへの説明事項も増えています。

話したことが自動でテキスト化されれば、記録に要する時間は大幅に軽減できます。この実現に向けて、AIによる音声認識で記録を文書化するシステム、患者さんに疾患や治療方針を説明するコミュニケーションシステムなどの開発を進めています。

これにより、医師は患者さんと向き合う時間を増やせます。目を合わせながら患者さんと医師がコミュニケーションすることで、今まで以上に心の通い合う医療が可能になります。互いの信頼関係が醸成され、より満足度の高い医療へとつながっていくものと期待しています。

今村聡氏

今村:AIというと高度な医療設備を持つ病院や大規模な総合病院で使うものと思われるかもしれませんが、そうではありません。目指しているのは、地方の診療所などでも導入しやすく、“使いやすい身近なAI”です。患者さんが満足できる質の高い医療を全国どこでも提供し、医療格差の解消につなげていきます。

AIは適切なガバナンスのもとで開発していく

――AIホスピタル構想におけるHAIPとAIホスピタル推進センターの役割を教えてください。

八田: HAIPは技術研究組合法に基づき、非営利共益法人として2021年4月1日に設立されました。日本ユニシス、日立製作所、日本IBM、ソフトバンク、三井物産の5社で立ち上げ、6月18日の臨時総会で大樹生命、徳洲会インフォメーションシステム、日本マイクロソフトの3社が加わり現在8社の組合員にて、AIホスピタルの基盤となる「医療AIプラットフォーム」の技術研究と開発を担っています(図2)。医療AIを提供するプラットフォームの構想は中村先生が“生みの親”であり、“育ての親”でもあります。

医療従事者、そして医療を享受する患者さんの利益を最優先に考えているのもHAIPの特長です。オープン&クローズ戦略に則り、業界標準機能を標榜する共通技術は積極的に公開し、サービスの改善・強化や次の技術開発に生かすことも大きなポイントです。

画像診断補助機能を始めとした多くのAIをプラットフォームに搭載し、2023年度からの社会実装を目指しています。

今村:AIホスピタル推進センターは、医療AIの普及と推進を支援する役割を担います。これまでの電子カルテシステムのように独自仕様やカスタマイズの乱立は避け、標準化され、質も保証されたサービスを適正な価格で提供する。なおかつニーズの変化に応じて、自由に移行・変更できる。そんなサービスを目指しています。

一方、医療AIプラットフォームでは秘匿性の高い臨床情報を扱います。その適正な運用・管理に向けたガバナンスの徹底は欠かせません。これもAIホスピタル推進センターの重要な役割です。プラットフォームとガバナンスの機能を連携させ、公平・公正な環境でのAI技術の開発と利活用を促進していきます。

そのために医療AIの開発・提供を目指す事業者の審査のほか、利用者である医師の利用登録も行います。医療AIサービスが現場のニーズにマッチした本当に使えるシステムになっているか。医師の目線でしっかり検証していくわけです。

医療AIプラットフォームの概要

サービス事業基盤とAI開発基盤で構成される。仮想環境、多要素認証やセキュアなデータ送信技術、API開発、サービスの利用を支える5G環境を重点開発技術領域に据え、先端技術の活用で医療AIの社会実装を支えていく

多様な医療AIを単一プラットフォームで提供

――AIホスピタルの基盤となる医療AIプラットフォームとは、どのようなものですか。

八田:サービス事業基盤とAI開発基盤の2つの基盤で構成され、医療AIの開発・検証から医療AIのポータル機能までを担う統合プラットフォームです。AI開発基盤で開発・検証し、試行運用を経て、サービス事業基盤で商用サービスとして提供します。

この実現にあたっては、中村先生から多くの有意義な助言をいただきました。「研究だけでなく、社会実装が目的である。ベンダー視点ではなく、使いたい人が使いたいものを簡単に使えるようにしなければならない」。この考えを具現化するための最良の選択肢が、企業連携によるプラットフォーム化だったわけです。

医療AIプラットフォームはサービス事業基盤に加え、AI開発基盤を実装していることが大きなポイントです。事業者をオープンに募り、新しいサービスの開発を進めていきます。既に多くの企業、アカデミア、スタートアップから参加希望や問い合わせをいただいています。

八田泰秀氏

中村:一口にAIと言っても会話をテキスト化するもの、CTスキャンを読影するもの、内視鏡を補助するものなど、様々な種類があります。これらを個別に提供すると、その都度、契約や接続の手間が発生し、利用が煩雑になります。

そこで多様なサービスを一元的に提供するため、サービス基盤のプラットフォーム化を目指したのです。これにより、利用者はスマートフォンからアプリを選ぶように、使いたいAIを自由に選んで使えます。

――既に新しい医療AIの実証実験も進んでいるそうですね。どのような手応えを感じていますか。

八田:実証実験は、内視鏡画像を5Gで伝送してAIによる画像診断補助を行うというもの。ソフトバンクの協力を得て5G環境を提供してもらいました。

5Gになると4K/8K画像もスムーズに伝送でき、画質は格段に高精細になります。4G環境との比較研究では、映像の乱れが少なく、小さな病変や微細な血管、ポリープなどの認識において明確な優位性を確認できました。5Gが広域に展開されるタイミングに合わせ、実用化を目指しています。

中村:日本の画像技術は世界でもトップクラスです。さらに進んだ8K/16Kになると、細胞レベルの変化まで把握できる可能性がある。そこから日本発のイノベーションが生まれてくることを期待しています。

日本、そして世界の医療の質向上に貢献

――AIホスピタル構想を今後どのように進展させていくのでしょうか。

八田:医療AIの開発にはAIの学習のための臨床データが不可欠です。医療AIプラットフォームは適切なガバナンスのもとで、膨大な臨床データを活用できます。大手企業ばかりでなく、優れた技術を持つスタートアップや医学部の学生にも積極的にこの活動に参加してほしい。

実際、臨床に携わる医師自身が医療AIを開発しているケースもあるのです。能力のあるチャレンジ精神旺盛な人や企業を積極的に支援し、医療AIの進化につなげていきたいと考えています。

中村:プロジェクトの成果はHAIPとAIホスピタル推進センターのエコシステムを通じて、全国の病院、診療所や健診センター、保険会社などに提供していきます。その先に見据えるのが海外展開です。将来的には日本の高品質医療を世界に提供することも視野に入れています。

AIによる医療は機械による寒々とした印象を持つ人もいますが、決してそうではありません。AIの活用で時間的余裕が生まれれば、それがゆとりになって、患者さんと医師の心が触れ合う医療が広がっていく。このことをより多くの医師や一般の方にも知ってほしい。今後もシンポジウムなどを通じ、AIホスピタルの広報にも力を入れていきます。

今村:日本医師会では次世代医療基盤法に基づく医療情報匿名加工認定事業にも参画しています。この強みを生かし、医療ビッグデータの拡充に協力していきたい。

今後は医療界だけでなく、行政や産業界との連携をさらに深め、オールジャパン体制でAIホスピタルの社会実装と普及を推進していくことが重要です。医療AIを現場の負担軽減と、より質の高い医療の提供につなげ、同時に医療ビッグデータの活用による革新的技術の開発を後押しすることで、日本の医療のさらなる発展に貢献していきたいと思います。